ビッグサイトでのエスカレータ事故は法律違反?
2年ほど前からだろうか、エスカレータ事故のニュースが増えたのは。
エスカレータの事故というのは元々それほど多くなかったように思うのだけれど、昨年は夏の間にかなり報道されていた。あのでかい鉄の塊であるエスカレータのステップが欠けていたりしたというのだからただ事ではないし、何かが強引に挟まって引き起こされたのだろうということはかなり明白だったのだろうけれど、原因をはっきりと特定する訳にもいかず、クロックスとの因果関係を匂わせるにとどまった報道はそこそこ頑張っていたともいえ、9月にはクロックスにおける巻き込まれ事故が40件という報道もされた。
その後、この件に関しては報道がされなくなっていたのだが、知らない間に経済産業省がクロックスに改善要請を出していたようだ 。う〜ん、なんだかアリバイ作りの遅出しジャンケンに見えるのは気のせいか?
そして今年の5月に名古屋市営地下鉄の久屋大通駅でエスカレータの急停止・逆行という事件が起きたのだが、この事故に関しては各社とも騒いでいた割にはまともな報道をしなかったので、未だにこの事件の原因はよく分からないのだけれど「ブレーキなどの駆動装置を乗せる架台を固定するボルトが破損し、架台が数cmずれたためと推測している」というのだから、かなり問題のある事故だったといえる。
さらに今回、9月3日に東京ビッグサイトで逆走事故が発生してしまったのだけれど、今回の事故に関しては当初からオタキングこと岡田斗司夫さんがビッグサイトのエスカレーター事故についてと題して事故にあった当事者としてエントリを書き「集団が走らないため、ガードマンが先頭に乗って、その後ろに行儀よく2列になってエスカレーターに乗ったのです」「へぇ、上から見るとこういう風景か」「本当に整然と静かにみんな乗っていました」と先頭から後ろを見下ろした事故直前の様子を紹介している。
ところが、今回の事故に関する読売の報道は以下のようなものだった。
- 東京ビッグサイトでエスカレーター急停止、60人転倒(2008年8月4日02時10分 読売新聞)「目撃者によると、事故当時、各ステップに2〜3人が乗っていたという。日本オーチスの広報担当者は「テレビ映像を見る限り、異常な乗り方」と話している」
- エスカレーター事故、重量オーバーで停止・逆走か(2008年8月4日12時00分 読売新聞)「当時、エスカレーターの各ステップの多くに3人以上の客が乗っていたことが、警視庁東京湾岸署の調べでわかった」「1段あたりの最大重量は130キロで、総重量が7・5トンを超えると停止するように設計されており」「事故機は1階から4階まで直行し、長さは約35メートル。幅102センチのステップが84段」「オープンと同時に多数の客がエスカレーターに殺到」「1段に3〜4人が乗るなど、事故当時、エスカレーターは身動きが取れない状態だったという」
- 国交省が同様施設に殺到防止策要請、ビッグサイトの事故受け(2008年8月4日20時52分 読売新聞)「同省住宅局は「事故原因は不明だが、重量オーバーが事故の一つの要因になった可能性がある」としている」
- 事故時、逆走エスカレーターにはブレーキ限界を超える重み(2008年8月4日23時08分 読売新聞)「緊急停止する際に作動するブレーキは、9・36トンの重さまで耐えられる設計だったことがわかった」「9・36トンの重量は、各ステップに体重約60キロの大人2人が乗った状態」
- エスカレーター逆走…1段に3人以上「想定外」(2008年8月6日15時00分 読売新聞)「事故機は、78段のステップで7・5トンの荷重に耐えられる設計で、ステップ2段に体重約65キロの大人3人が乗った状態だ。事故当時、仮に1段に3人が乗っていたとすれば、荷重は10トンを軽く上回る計算になる。オーチス社によると、設計を大幅に超える荷重がかかるとモーターの電源が切れてブレーキが作動し、逆走を防ぐ仕組みだが、9・36トンを超えると、ブレーキの性能を上回り、滑り落ちる可能性が高まるという。ブレーキ性能についての法規定はなく、判断はメーカーに任されている。あるメーカーは、通勤ラッシュなどを想定し、駅や空港のエスカレーターではブレーキ性能を通常の1・25倍にしているタイプのものもあるが、オーチス社では、いずれも通常のタイプしかなかった。警視庁では、客の誘導にも問題があったとみて調べている。(広中正則、畑武尊)」
名古屋市営地下鉄の事件でも多くの人が感じたことだと思うのだけれど、今回もまず最初に思ったのは「エレベータの安全基準ってどうなってるんだ?」という部分。
名古屋の事件ではこの「エレベータの安全基準」に関する報道がほとんどされずにすぐに終わってしまったため、すっかり忘れ去ってしまっていたのだけれど、今回は4日の時点で「7.5トン」「84段」と早い段階で事件を起こしたエレベータに関する設計基準が明らかさにされたので、判断するのが容易だった。
単純に考えて84段で7.5トンの設計だと1段あたり90kgほど。1段あたり90kgの設計でステップには2人乗ると考えると、乗る人間がすべて小学生でもない限り無理な相談になる。どういう設計なんだ?
まさか国の安全基準がこの程度だとか言わないよな? とか思いつつ調べてみたのだけれど、探してみたらちょうどいい具合にはてなに「エスカレーターの事故が話題になっていますが、国が定める安全基準などは無いのでしょうか?」なんてのが転がってたんだけど、ここでは
建築基準法施行例(エスカレーターの構造)第129条の12
P=2600Aとは?を元にして、今回のエスカレータの踏み段が横幅102センチで奥行き40センチ、各ステップ2名乗車と考えるとなんと1名あたり54kgが最低基準?といった計算結果を出して、積載荷重を計算する際の基準となる法律の古さを窺わせてくれた。
ところが、さらにもう少し探していくとワンフェス・エスカレータ落下事故について。 その2。 - 徒然なるままに。なんていう、それなりにまとまったのがあって「国交相の話では1ステップあたり1.5人が法定基準」というのをほかのブログから引っ張ってきたみたいなのだけれど元となる国交相の法律とか告示とか通達みたいなものはどこにあるんだろうか?
東京新聞では「エスカレーターは「日本オーチス・エレベータ」製。同社によると、階段状の部分は体重六十五キロの人が百五十六人乗っても耐えられる設計」となっているのだけれど、これは「体重65kg人が2列になって78段に並んでも良い設計」となっていることを東京新聞が日本オーチスから取材した、と取るべきなのだと思うが、そうすると65x156=10140kgと10トン程度になる。国内のメーカーがこういった物言いをする場合は普通この10トン程度を目安としてそこに安全率をのせて設計しています。というのが一般的だと思うのだけれど、さすが外資というべきなのか、この会社は「耐えられる」という言葉を最大で156人乗る所までは大丈夫で、157人は載せられませんという意味で使っている。
さらに読売の記事によれば「日本オーチスは7.5トンで停止するように設計している」とのことなので、どうやらこの辺りから巷で騒がれている0.74という数値が出てきている(10140x0.74=7503.6)みたいなのだけれど、これも元となる法令とかそういった類いのものが見つけられないので、日本オースチンによる設計基準ということになるなるんだろうか? 仮にこれが安全率の逆数だとしてみても安全率=1.35程度となるので、なんだそれは一体?という話になるのでこの0.74の根拠がよく分からない...
また、建築基準法に関する積載荷重の問題は、読売新聞の4日の記事では84段7.5トン、6日の記事では78段7.5トンとなっているのだけれど、78段で7.5トンとしても1段あたりの積載荷重は96kg程度となり、1段に2人乗るならば1人あたり48kg、1段あたり1.5人としても64kgとなるのでそれは無理がないですか?と言いたくなるのだが、積載荷重に関する建築基準法は踏み段1ステップにおいて1平方メートルあたり265kgという基準となっているので、この点については人数云々ではなしにステップの面積が問題となり、ステップの奥行きが35センチほどならば建築基準法の積載加重に関してはなんとか問題がないことになる。(96÷265÷1.02=0.355、265x1.02x0.35=94.6)
ただし、この積載荷重というのはあくまでもエスカレータを作る際の基準として使うための基準となる数値なだけであって、当然エスカレータが安全に動作するためのチェーンそのほかの各部における数値はその他諸々の要素を考慮しなければいけない形になっていて、その用件に合致するかどうかなどということはたったこれだけの記事やデータでは当然どうにもならない。
ただ、どうにもならないとはいうものの、一般的な設備その他の機械などの設計や他の法令との合致具合を考えてみた場合、今回の日本オーチスの発表には大きな疑問符がつくと言わざるを得ないんじゃないだろうか?(単純にエスカレータを建造物として考えた場合でも、踏み段のステップには、止まった状態で2倍の重さ、動いている場合で3倍の重さ、までは大丈夫であるようにしなければいけないといったように建築基準法による安全率が規定されている)
今回のおかしな報道の元はたぶん日本オーチスの発表した「体重65kgの人が156人乗っても耐えられる」「7.5トンで停止するように設計している」という2つの発表を元にして報道がその数値を都合のいいように解釈した上で「オタクたちがまた問題を起こした」という歪曲による味付けを行った結果だと考えるのが一番納得できるのだけれど、ここで思い切り見過ごされている部分がある。
それは皆が口々に言っている「逆戻りしちゃいけないでしょ」という部分だ。
中部ブロック昇降機等検査協議会−関係法令:告示
平成12年5月31日建設省告示第1424号
4.9 エスカレーターの制動装置の構造方法を定める件
三 前号イからホまでに掲げる状態が検知された場合において、上昇している踏段の何も乗せない状態での停止距離を次の式によって計算した数値以上で、かつ、配が15度を超えるエスカレーター又は踏段と踏段の段差が4mmを超えるエスカレーターにあっては、0.6m以下とすること。
S=V^2/9,000
この式において、・及びVは、それぞれ次の数値を表すものとする。
S 踏段の停止距離(単位 m)
V 定格速度(単位 m/min)
この項目は安全装置動作時の停止距離について規定していて、面倒なので数値を入れたりしないけど、簡単に言ってしまえば安全装置が作動した場合、エスカレータは惰性で多少は動いてもいいけれど0.6m以内で止まらなければいけない、と建設省の告示によって明確に規定されてるってことだ。
報道各社や日本オーチスの立場では「エスカレータは制動装置が作動して停止したのだが、その直後、極端な超過加重によって制動装置そのものが破壊された」とか言うのだろうけれど、それは誰が聞いても詭弁とか屁理屈としか言わないんじゃないだろうか? どっちにしろ、7.5トンで停止する安全装置と9.3トンとか10トンとかまでは耐えられるということとの整合性がどうやっても取れない。安全装置が作動した後に動いたステップ2段分に1800kgの荷重を人間がかけたなんていうのは、誰がどう考えても無理がある。
ネット上を適当に調べながら時間を無駄に費やしたものの、明確な法令違反があったり設計ミスがあったりしたのかはよく分からなかったのだけれど、安全装置が動作したらきちんとしっかり止まらなければいけないという規定は、名古屋市営地下鉄の事故においても、ビッグサイトにおける事故においても、明確に破られてしまったということだけは非常によく分かった。
という訳で、5月の名古屋市営地下鉄や今回のビッグサイトにおける事故において怪我人が出たことに関して、エスカレータに乗車していた一般の人やオタクの方々、また名古屋市やワンダーフェス主催者などの運営側には、一切責任がないということになるんじゃないだろうか。(エスカレータが壊れたことに関しては別問題としても)
いずれにせよ、一般の人が考えてるのは「踏み段1段に対して1.5人乗ることになってる基準っておかしいよね」「さらに大きな事故が起こる前に、もっとまともな安全基準を一刻も早く設置してよ」だと思うのだけれど...